喜・楽・快護

辛く苦しい介護(悔護)を”斜め”な一案で少しでも心の軽い介護(快護)目指して

介護職種が感じる【孤独】を減らすことへの試み

情報と知識、知恵を共有して【孤独】を減らす

このブログは、

  • 介護現場を長く経験している作業療法士
  • 認知症祖母の通い介護を現在進行系で行っている経験から、
  • 介護現場で働く人や自宅で介護している人が
  • 高齢者介護の場面で迷ったり嫌になったりする、

多くを

”斜め”の解釈で介護に関する重く辛い

”気持ち”をほんの少し「軽く」したいと思って書いています。

直接的な介護技術では、ありませんが皆さんのお役に立てれば幸いです。

今回は自身でも、とても難しいと感じている『孤独』に関して書いてみました。

 

介護職種は”生産”と”消費”が直結している分、積み上げた「技術」の有効性を実感しにくい

介護現場における「技術」とは

インターネットで「介護技術」と検索すると、”移乗動作”など様々なスキルアップセミナーのサイトが表示されます。

移乗動作の介助方法だけでも、古武術式介助やスーパートランスなど、「安心・安全・理にかなった」介助方法を身につけることで、互いに無理のかからない介護生活を送ることを目標に技術習得に励みます。

https://3.bp.blogspot.com/-OuPZmtzex-g/W6DTTi9wXsI/AAAAAAABO7M/veh1TomK49g_YIc1Q9-mEMQlyHJXaV78gCLcBGAs/s180-c/job_tsuuyaku_youyaku_hikki.png※ いらすとや さんより借用

 

「技術」と「技能」の違い

「技術」とは

理論を実際に役立たせる、わざや方法(小学館 例解学習国語辞典 第10版)

①科学を実際に応用し、役立てるわざ。

②物事を(たくみに)行なうわざ。(①②:岩波 国語辞典 第4版)

 

「技能」とは

物事をうまくおこなう技術的な能力。うでまえ。わざ。(小学館 例解学習国語辞典 第10版)

物事をおこなう腕前。(①②:岩波 国語辞典 第4版)

 

研修会やセミナーで習得するのは「技術」で

利用者個々人に合わせて「技術」を選択して使いこなすのが

「技能」です。

「技術」を使いこなすためには「技能」が必要で、介護現場では「中身の濃い

”知識と経験”がないと役に立つことが少ない」的な言われ方をします。

 

※ よい家計 というサイトの

fromportal.com

では、イメージしやすく説明されています。

 

「技術」は伝達するけど「技能」は・・・

施設・事業所からの業務としてセミナーや講習会に参加した時には、「伝達講習」という形で同じ職場内に「技術」を広める活動を行なうことが多いはずです。

伝達された「技術」が”有効”と判断されれば瞬く間に「技術」を現場で活用しようとするでしょう。

しかし、獲得し発揮する「技術」が性別や個人差の影響を受けない類のものでなければ、様々な利用者と職員が行き交う介護現場では、期待通りの効果を発揮することができなくなってしまいます。

その時により効果的に発揮できるようにするのが「技能」となります。

現在の介護現場の忙しさで「技能」の伝達を適切に行なうためには非常に密な意思伝達が必要となります。

http://2.bp.blogspot.com/-JEPeDe2oxO4/VlAZSrAkE1I/AAAAAAAA05Q/qViOgJ-S6gs/s180-c/pose_puzzle_kumiawaseru.png※ いらすとや さんより借用

 

介護「技術」を”生産””消費”の面から

他業種は「技術」を発揮する際に沢山の評価を付与して価値を高めてもらえる

ここで、ちょっと切り口を変えて介護などのサービス業と他の生産業などの他業種と比べてみます。

私達が住んでいる社会は”生産””消費”が『仕事』として成り立っています。

お菓子や車など製造業では、”新開発”や”特許出願中”などの広告のように新たな「技術」で”生産”された【品物】は”物流””販売”といった他業種の手を経て”消費者”の手元に届き利用されます。

つまり、獲得した「技術」を発揮する際に沢山の人々の『評価』を受ける機会が与えられることになります。

発揮した「技術」が需要を満たすものでなかった場合には、大きな痛手を受けるデメリットもありますが、認められた時のメリットは大きいと言えると思います。

 
介護現場での「技術」が”生産”ならば”消費”はすぐに行われ、付加価値は付けられにくい

一方で介護現場で介護「技術」を”生産”と捉えた場合、”消費”は瞬間的に行われます。これは、飲食業なども含めた大半のサービス業に言えることと思います。

※ サービス業のなかでもコンビニや小売店などの「販売業」では、既に”付加価値”の付いた商品を扱い「技術」として発揮するのは”接客態度”やポップ作りや展示方法など瞬間的な”消費”とは違う側面もあります。

車イスとベッドの乗り移りという移乗動作の介護「技術」は、一連の動作に取り掛かる時には「声かけ」などから”生産””消費”同時進行で行われていくため”付加価値”がつきにくくなります。

そして、”消費”された「技術」は直接対応した利用者からの評価という「個人の価値基準」に左右されます。

※ 最近はSNSなどによる「口コミ」なども増えていますが、いずれにしても「個人的」な価値基準による評価の側面が強いことに変わりはないと思います。

仮にホテルなどの宿泊業のようにサービス業としての「コンテスト」が介護業界で行われたとして、実際に毎日現場で汗を流している介護職員の何割が『コンテスト優勝!!!』という肩書で紹介された「技術」を獲得し発揮しようとするでしょうか?

「技術」として獲得意欲は高くても”生産”として発揮するかどうかは利用者個々人に合わせなければ不具合が生じる危険を意識する「技能」が働く筈です。

 

「技術」は発揮するだけでは物足りない、他者に影響を与えた実感が獲得した「技術」に自信と意欲を与える

介護現場に限らず、社会の中で『孤独』を感じるのは、

  • 話題・価値観が合わない
  • 話を聞いてもらえない

など、他者に影響を与える機会または他者から影響を受ける機会が極端に少ないときというのは、周囲に友人や知人がいても”疎外感”や『孤独』感を感じる場合が多いのではないでしょうか。

介護現場でも似たようなことが言えると考えています。

折角、習得・獲得した「技術」も自分自身だけで使っていて周囲の人が利便性や利用者に対する安全性などの効果を認識してくれなければ、目の前の利用者との個別的な”生産”と”消費”のみで完結してしまいます。

これは、新たに獲得した「技術」に限らず、これまでの経験や知識など全般にも言えるかもしれません。

https://4.bp.blogspot.com/-YhtXKhx5-CM/WR_KiDM7kmI/AAAAAAABEXM/GXAsRRoRJl0ztmis7bt2lQy183zfb4stwCLcB/s180-c/business_jouhou_koukan.png※ いらすとや さんより借用

 

職員同士は議論しても折衷案まで出せれば良いかも、「話にならない」が一番怖い

「こうやった方が安全なのに」、「この方法だと効率が良いのに」など「利用者のため」や「自分たちの安全(腰痛など)のため」という目的をもって接しても理解しようとしない聞こうとしない同僚と一緒では孤立・「孤独」になっていくのではないでしょうか。

例え、お互いの意見が合わなくとも相手の主張に耳を傾けることと相手も自身の意見に耳を貸してくれる状態であれば、「落とし所」が見つけられるかもしれません。

一番危険なのは、利用者や職員同士の安全や安楽等の”介護の目的”が無視された状態で話し合いも議論も行なうことができないと思わぬ事故や怪我のリスクが高くなってしまうことと思います。

 

介護「技術」の”使い所”を導き出す「技能」の伝達や共有化で少し『孤独』感を減らす

介護の「技術」は一定の練習や知識を取り入れることで高めることが可能です。しかし、利用者一人ひとりの体の動かし方や職員に対する接し方が違う現場で一律で同じ方法が通用することはありません。

仮に移乗動作介助の「技術」として”支えるポイント”が伝達できたとしても、体調の変化があらわれやすいのも高齢者介護の特徴です。

「前回と同じ様に支えたはずなのに上手くいかない」なんて事はよくある話です。そうなった時に「支えるポイントをズラす」、「加える力加減を調整する」、「体調不良を疑い看護師に報告する」などの判断は、過去の”経験”から導き出されます。

そういう意味では、介護「技術」の伝達以上に普段フロアで何気に行っている「利用者の情報」を共有するという「技能」につなげる「業務」の方が『孤独』を減らす手がかりになるのではないでしょうか。

フロアでの情報共有を有効的に行なうためには、業務にかかる時間の工夫も必要だと思います。こちらもよろしければ、一読お願いいたします。

mezase-rakukai.hateblo.jp

 

今回は、介護職員の感じる『孤独』を”気持ち”の面から切り取ってみました。最近大きな問題になっている物理的な”人材不足”に関しては、地域的な面や人口データの面などで今回は取り上げませんでした。

これまでの記事以上に難題で”即解決”というよりは「議題の切り口」になれば役に立てるのだろうか、との思いです。

もし、読んでくださった方の一人でも介護に関する”気持ち”がほんのちょっとでも「軽く」なったと感じていただけたら幸いです。